top of page

感情を打ち消す環境

アンカー 1
ブレーンストーミング

弁証法的行動療法 (DBT)は境界性人格障害は個人の生物学的要因と社会要因の間で起こる「かけひき」によって引き起こされると考えています。生物学的要因は「境界性人格障害」のページにある刺激に対する過敏さなどで説明されます。このページでは社会要因に触れます。

感情の発達における社会環境の役割 

赤ちゃんは原始的な感情を持って生まれてきますが、その名前は知りませんし、泣く笑う以外の方法でそれを表現する方法も知りません。周りの人が「うれしいんだね」などと声をかけることで感情に名前がつき、大人の表現方法をまねることで、感情表現も豊富になっていきます。感情の学びは生涯続きます。私たちみんな、子どもから思春期、青年期、中年、老年と年を重ねて環境や社会背景が変わる中で感情も複雑になり表現も変わることを体験として知っているのではないでしょうか。 個人と周りの人は常に影響しあっているのです。

 

個人と環境がうまく影響しあっていると、個人は社会の期待や要求にうまく対応することができます。逆にうまく影響しあっていない状態というのはどういう状態でしょうか。DSM-Vは、人格障害の診断の要素として個人の行動パターンの社会規範や常識からの顕著な逸脱をあげています。つまり、その個人の行動が社会に受け入れられず、病的だと判断されてしまう状態が、うまく影響しあっていない状態です。

社会環境が感情を打ち消す? 

境界性人格障害の人々が周りの人を操ろうと意図しているわけではないように、周りの人も彼らの感情を積極的に打ち消そうとしているわけではありません。親、パートナー、同僚、友人、クラスメート、そしてメンタルヘルスに関わる私たちでさえも、善意をもって接しているにも関わらず結果として彼らの感情を打ち消してしまう、つまり無効化してしまうことがあるのです。彼らが心の底から感じたことを理解できず、気軽に、あるいは否定的に応えてしまうとき、それが起こりがちです。

ある男の子が学校で大切な発表のあと、「だめだった…」と言っていると想像してください。一般的な周りの人の反応は、「え、そんなにだめじゃなかったよ」とか、「きっと大丈夫だよ」「そんなに自分に厳しくしなくても大丈夫」「そんなこともあるよね」のようなものだと思います。ところがこの男の子が過敏だとすると、自分の気持ちはおかしいのかと疑います。そうでなければ自分がうまくいかなくて心からがっかりしていることをバカにされたように感じるかもしれません。するとこういう言葉に「ありがとう」と答えることができず、腕を組んでしかめっ面で「それ、どういう意味?」と返すことになります。今度は相手が「なんで切れるの?」と反発。次に男の子がこの「切れる」という言葉にどう反応するかは想像に難くないと思います。男の子とまわりの人の間で途中からお互い言い合いに勝つための駆け引きが起こったことが分かるでしょうか。男の子は本当に失敗したと感じたのですから、「だめだった」は彼にとっては正しいのです。それなのに周りの人はそれは正しくないと言っていると感じ、さらには自分は大げさだと嘲笑しているように感じてしまいます。周りの人にそんな意図はあったでしょうか?多分ありません。落ち込んでいるのを励ましたかっただけでしょう。どちらにももともと悪意はないのに、駆け引きの結果として感情が高ぶっていく様子が想像できるでしょうか。

これに似たようなやり取りが重なると、人は自分の知覚を信じられなくなり、自分が一体何を経験しているのかさえ分からなくなってしまいます。するとまず刺激に反応せず、感情を押し殺して相手の出方を見ようと努めますが、最終的にはがまんできずに、相手に自分の気持ちを分かってもらうために感情爆発を起こすようになります。

家庭環境の果たす役割

人格障害と診断されるにはその行動パターンが青年期の前に顕著でなければなりません。その意味で境界性人格障害を引き起こす原因として当事者の子どものころの家庭環境に注目が集まるのは自然の流れだったと思います。リネハン博士が境界性人格障害の理解に大きな影響を与えた1993年の著書では、境界性人格障害の人の子どものころの家庭環境には大きく分けて次の3つの要素があると提言しています。

a) 子どもが心の支えが必要なとき親が物理的精神的に不在なことが多かった。

b) 家でネガティブな気持ちを表現しようとすると止められることが多かった。いつもポジティブでいることが求められた。

c) 大人になるというのは感情を抑え合理的になることだ、感情は理性でコントロールするものだと教えられた。

繰り返しますが、多くの場合家族はそれがよかれと思ってやっていますし、同じ環境で育っても境界性人格障害にならない人も多いのです。ただ、生まれつき人より少し敏感な子供が、少しだけ強く感情を打ち消すような環境で育つと、その駆け引きによって、感情の機能不全を起こすというのがバイオ・ソーシャル・モデルです。

なにかできることはありますか? 

DBTでは苦しむ個人が感情とうまく向き合うためのスキルを習得すると同時に、周りの人にも境界性人格障害をよく理解していただいて、この駆け引きを変えていってほしいと思っています。DBTの思春期向けのプログラムが家族を巻き込んでいるのはそのためです。

特にお互いの言葉を確認しあい、認め合う作業を有効化といい、これは非常に大事になってきます。確認し認めるというのは同意ではありませんし、譲歩することでもありません。問題解決でもありません。これをする唯一の目的は話している本人が話を辞めないこと。そのために波を止めるのではなく一緒に波に乗ってください。人は落ち着いて話して、聴いてもらっているうちに自分の感情と折り合いがついていくことが多いからです。

この作業には6段階あります。まずレベル1から順に練習をしてみてくださいね。簡単なようで難しいです。【 】の中に先程の「だめだった」にそれぞれのレベルで応えるとどうなるか例を書いてみます。

レベル1:  あくびなどせず、「ながら」もやめ、相手の話をじっくり優しい気もちで聴いてください。【一旦作業をやめ、男の子を見てください。そしてうなづくだけでよいです。】 

レベル 2:  聴きとったことを要約したり言い換えたりして、繰り返してください。これはやりすぎずにほどほどに。 【うまくいかなかったんだ。】 

レベル 3:  観察できる表情や声のトーン、ボディランゲージを言葉で表しましょう。どんな気持ちを伝えようとしているのでしょう。想像してみてください。間違っていたら、しつこく聞かないでくださいね。【声が相当がっかりしているね。】  

レベル4:  もし背景やこれまでの経験などを知っているなら、それを引用してみてください。【本当に頑張って準備したもんね。うまくいかなかったならがっかりして当然だよね。】【前にも発表で苦労したもんね。2回目は更にきついね。】

 

レベル5:   一般的に考えて、この状況でこの感情はもっともだと伝えてあげてください。【大事なタスクだったから、ベストな状態で発表したかったよね。みんなそうだと思うよ。】

レベル 6:   レベル1から5を駆使して相手の気持ちが十分に分かったところで正直な感想、意見、提案を伝えたり、解決策を生み出すような質問をしてください。    

私たちは普段レベル1から5をあまりやらずにいきなりレベル6に行ってしまうと思いませんか?でも、1から5がレベル6がうまくいくための前提条件なのです。1から5はその順番通りにやるのではなく、生きた会話の中で状況に応じて利用してください。相手の気持ちを確認して認めるというこの作業を取り入れるとお互いの関係がよくなる可能性も高いので、試していただく価値はあると思います。

 

Reference 

Linehan, M. (1993). Diagnosis and treatment of mental disorders. Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. Guilford Press.

  

bottom of page